名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年12月17日

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群馬県 > 沼田城跡(ぬまたじょうあと)

城と館

真田信之の城

戦国時代、沼田氏が築城。

沼田城跡
沼田城は、天文元年(1532)に三浦系沼田氏12代万鬼斎顕泰が約3ヶ年の歳月を費やして築いた。 当時蔵内(倉内)城と称し、沼田市街地発祥のかなめで、当市の歴史の起点でもある。
築城して48年後の天正8年(1580)武田勝頼の武将真田昌幸が入城し、城の規模を広げた。 天正18年(1590)昌幸の長子信幸が沼田領2万7千石の領主となり、慶長年間に五層の天守閣を建造した。 天和元年(1681)に真田氏5代城主伊賀守が徳川幕府に領地を没収され、翌2年1月に沼田城は幕府の命に より破壊された。その後、本多氏が旧沼田領177ヶ村のうち46ヶ村・飛地領合わせ4万石の藩主として入封し、 幕府の交付金で城を再興し三の丸に屋形を建てた。次いで、黒田氏2代、土岐氏12代の居館となったが、 明治になって版籍奉還し屋形も取り壊された。時を経て本丸。二の丸跡が、現在の沼田公園に変貌した。

『沼田城跡』説明より

■沼田城跡
沼田城跡

鐘楼

説明

沼田城本丸堀跡

西櫓台の石垣・石段




■真田信之と小松姫の像
信之と小松姫
住所 群馬県沼田市西倉内町594
時間 −
休日 −
拝観料 −
駐車場 有
2016年7月現在


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