名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年1月22日

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群馬県 > 正覚寺(しょうがくじ)

城と館

真田信之 正室、小松姫(稲姫)の墓

創建は不詳。

正覚寺
 

■正覚寺
正覚寺

徳川忠長公墓所案内



■大蓮院殿(小松姫、稲姫)の墓
大蓮院殿の墓



 真田初代沼田藩主信幸(之)の婦人である大蓮院殿は、徳川家の重臣本田忠勝の娘で小松姫と呼ばれていた。家康は小松姫を養女として 天正17年(1589)に信幸に嫁がせた。翌年7月信幸は沼田城主となり、慶長5年(1600)の関ヶ原の役において徳川方に従い、 東軍に付くことになった。敵味方に分かれた信幸の父昌幸、弟信繁(幸村)が佐野犬伏から上田に帰る途次に沼田城を訪れた際、入城を拒んだ 大蓮院殿は女丈夫とうたわれた。元和6年(1620)に病み、2月に療養のため江戸から草津に来る途中の同月24日に武蔵国鴻巣で没した。 享年48歳。同所で火葬、分骨して同所勝願寺、沼田の正覚寺、上田の芳泉寺にそれぞれ葬られた。法名は大蓮院殿英誉皓月大禅定尼。
 この墓は総丈271センチの宝篋印塔。塔身に、「阿弥陀三尊(梵字)大蓮院殿 英誉皓月 元和6年庚申2月24日 施主敬白」の刻銘がある。 相輪の蓮華が細かく屋蓋の彫りは強く、塔身・基礎は荘重な形で、江戸時代初期の宝篋印塔の特徴を良く表している。

『大蓮院殿の墓』説明より

住所 群馬県沼田市鍛治町938
時間 −
休日 −
拝観料 −
駐車場 有
2016年7月現在


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