名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年7月23日

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茨城県 > 塚原卜伝の墓(つかはらぼくでんはか)

城と館

戦国時代の剣聖

 塚原卜伝は延徳元年(1489)鹿島神宮の神職卜部吉川家に生まれ、塚原城の城主塚原土佐守安幹の養子となった。  少年時代に鹿島の太刀、香取神道流など習い、剣の達人としての第一歩を踏み出した。  卜伝は生涯3回の廻国修行をし、足利義輝やその弟義昭などにも指導している。  元亀2年(1571)に83歳の天寿を全うして没。  その後、甥の吉川晴家に伝えられ、「鹿島新当流」として県の無形文化財に指定されている。

『塚原卜伝の墓』説明より

塚原卜伝の墓

塚原卜伝は、今より450年前戦国乱世の時代に活躍した剣豪で鹿島新当流の創始者でもある。
 卜伝は延徳元年(1489)2月に鹿島神宮の神官卜部吉川覚賢の次男として生まれ、幼名を朝孝といった。  のち、鹿島塚原城主土佐守安幹の婿養子となり新右衛門高幹と改め、実父、養父から剣の教えを受け松本備前守政信に ついても修行したというが、剣の極意を得るには至らず、17才の時から30才前後まで全国を修業し鹿島に帰った。
 卜伝は、鹿島神宮に参詣すること千日にして神意を悟り「心を新にして敵に当たる」即ち、無想無我であるを得たという。

『塚原卜伝』説明より

■塚原卜伝の墓
塚原卜伝の墓

 

 

 

説明


住所茨城県鹿嶋市須賀
時間
休日
拝観料
駐車場
2008年2月現在


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