名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年7月18日

名右衛門
更新情報
後北条氏
目次
郷土の歴史を学ぶ
 秋田県
 福島県
 栃木県
 群馬県
 茨城県
 千葉県
 埼玉県
 東京都
 神奈川県
 山梨県
 新潟県
 長野県
 静岡県
 愛知県
 三重県
 和歌山県
 京都府
 大阪府
 奈良県
 兵庫県
 岡山県
 広島県
 山口県
 高知県
 福岡県
 長崎県
家系図調査 (ID/PASS)
リンク集
北条早雲情報
小田原市ホームページ
管理人 名右衛門について
・管理人の紹介
メール 勉強中の管理人に
メールを送信する
神奈川県 > 藤沢一里塚 (ふじさわいちりづか)

城と館
東海道

東海道53次、日本橋から12番目の一里塚

旧東海道の一里塚は江戸日本橋から京都三条大橋まで125里で、慶長9年街道の付属施設として1里ごとに造られた。

藤沢一里塚

 かつて、このあたりの道路の両側に一里塚がありました。一里塚は、主要な街道の一里(約4キロメートル)ごとに江戸幕府が 設けたもので、旅程の目印として利用されていました。崖上の高さまであった江戸時代の東海道を掘削改修しれのが現在の道路で、 一里塚も崖上にありましたが、今は何も残っていません。
 左図(下左図)は、往時の面影を伝える史料の一つです。画面上部の道が東海道、くの字に曲がるところに遊行寺が描かれています。 その右手に「一りずか 榎三」と記され、街道の両側に植木のような描写があります。今の遊行寺坂より遥かに急な坂道で、 その坂の上に遠くからでも分かりやすいように、盛土されて榎が植えられていた様子がうかがえます。急坂の上、榎の木かげで 一休みする旅人の姿が浮かんでくるようです。

『一里塚跡』説明より

■藤沢一里塚
一里塚付近

天保12年(1841)版『東海道分間絵図』

説明


住所 神奈川県藤沢市西富1丁目9
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年2月現在


Copyright (C) 2008-2018 naemon All Rights Reserved.