名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年11月18日

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神奈川県 > 藤沢御殿跡 (ふじさわごてんあと)

城と館
東海道

徳川家の将軍が泊まる場所

 江戸時代のはじめ藤沢宿には、本陣がなく遊行寺やそのほかの寺院も将軍や大名が泊まるには十分でありませんでした。 そこで、慶長元年(1596)ころ、藤沢公民館の北よりのところに、約6千坪もの広さを持つ将軍の御殿(宿舎)が 建てられ、徳川家康をはじめ秀忠・家光が泊まっています。御殿や宿場は、御殿の南にあった陣屋の代官に管理されましたが、 やがて門構えや玄関・書院などを備えた本陣・脇本陣が出来ることで使われなくなり、天和2年(1682)ころには廃止 されたようです。

『藤沢御殿跡』説明(旧)より

藤沢御殿跡

藤沢御殿は慶長元年(1596年)、徳川家康が上洛の際に使用する目的で築かれた宿泊施設で、家康を含め二代将軍秀忠・ 三代将軍家光が利用したことが記録から知られています。しかし将軍が上洛しなくなると、この施設は利用されなくなり 五代将軍綱吉の時代には廃絶したとかんがえられています。元禄11年(1698年)に作成された藤沢御殿跡絵図をみると、 御殿の規模は東西106間(約193m)、南北62間(113m)で水を張った堀に囲まれ、土塁が廻らされていたことがわかります。

『藤沢御殿跡』説明より

■藤沢御殿跡
藤沢御殿跡

外観

説明

絵図
 


住所神奈川県藤沢市
時間
休日
拝観料
駐車場
2015年1月現在


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