名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年4月25日

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神奈川県 > 早川城

城と館
東海道

平安末期に佐々木秀義を保護した渋谷重国の子孫が築城したと伝えられている

早川城跡は、地元では古くから「城山(じょうやま)」と呼ばれ、鎌倉時代の御家人渋谷氏の城と伝えられています。 しかし、文献資料がないことから、その実態は明らかではありませんでした。

『早川城跡説明板より抜粋』


早川城

 渋谷氏は平安時代の末期、綾瀬市域を中心に渋谷荘(吉田荘)という荘園を支配し、勢力を持ったぶしdせいた。「吾妻鏡」によると 平治の乱(1159年)に敗れて奥州に落ち延びていく源氏の重臣佐々木秀義を渋谷重国が保護したとの記事があることから、この頃までには 綾瀬市域一帯を支配下に置いたものと思われます。
 鎌倉時代になると、渋谷重国は源頼朝の家臣である御家人となり、その子高重が後をつぎました。高重は早川次郎と名乗り、早川に拠点を置いて 一族を統率していたものと思われます。1213年の和田合戦では高重は和田義盛に組したため高重はじめ多くの一族が討たれましたが、 1247年、宝治合戦の後、その軍功により薩摩国入来院ほかに所領を得、地頭となり、その際、多くの一族が移っていきました。 しかし、室町時代の初め頃までは綾瀬市域に渋谷氏の支配が続いたと思われ、その一族が早川城を築城したものと考えられます。

『渋谷氏と早川城跡より』

■早川城
早川城跡

城山公園入口

城山公園図


堀切



腰郭

東郷氏祖先発祥地碑



物見塚

説明


 物見塚の上には、昭和七年に祖先発祥地東郷会により建てられた「東郷氏祖先発祥地碑:があります。 この碑は日露戦争で有名な旧海軍元帥である東郷平八郎の先祖の地であることを記念して建てられたものです。 東郷家は、早川城主であったと伝えられる渋谷氏の末裔の一つでした。

『物見塚と東郷氏祖先発祥地碑より抜粋』



住所綾瀬市早川城山三丁目4-1
時間8:30〜18:00
休日
拝観料
駐車場有(112台大型車不可)
ホームページ綾瀬市HP 「城山公園(しろやまこうえん)
2013年11月現在


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