名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年12月16日

名右衛門
更新情報
後北条氏
目次
郷土の歴史を学ぶ
 秋田県
 福島県
 栃木県
 群馬県
 茨城県
 千葉県
 埼玉県
 東京都
 神奈川県
 山梨県
 新潟県
 長野県
 静岡県
 愛知県
 三重県
 和歌山県
 京都府
 大阪府
 奈良県
 兵庫県
 岡山県
 広島県
 山口県
 高知県
 福岡県
 長崎県
家系図調査 (ID/PASS)
リンク集
北条早雲情報
小田原市ホームページ
管理人 名右衛門について
・管理人の紹介
メール 勉強中の管理人に
メールを送信する
神奈川県 > 平塚宿 西組問屋場 (ひらつかしゅく にしぐみといやば)

城と館
東海道

東海道 平塚宿

江戸時代の人馬の継立や御用旅宿の手配する場所

平塚宿 西組問屋場

 慶長6年(1601)東海道の交通を円滑にするため伝馬の制度が布かれた。この伝馬の継立する所を問屋場といい、問屋場には、 問屋主人・名主・年寄・年寄見習・帳附・帳附見習・問屋代迎番・人足指・馬指などの宿役人等が10余人以上勤務していた。
平塚宿では初め、ここに問屋場が置かれたが、寛永12年(1635)参勤交代が行われるようになってから、東海道の交通量は 激増した。伝馬負担に堪えかねた平塚宿は、隣接の八幡新宿の平塚宿への加宿を願い出で、慶長4年(1651)その目的を達した。
 八幡新宿は平塚宿の加宿となり、新たに平塚宿に問屋場を新設した。これにより従来からの問屋場を「西組問屋場」といい、 八幡新宿の経営する問屋場を「東組問屋場」といった。
この両問屋場は10日目交替で執務したという。

『平塚宿問屋場跡』説明より

■平塚宿 西組問屋場
西組問屋場

外観


住所 神奈川県平塚市平塚4丁目2−1
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年3月現在


Copyright (C) 2008-2018 naemon All Rights Reserved.