名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年4月25日

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神奈川県 > 松屋本陣の跡 (まつやほんじんのあと)

城と館
東海道

東海道、梅沢の立場

53次ではないが、押切坂の手前にて休息所として賑わっていた。

松屋本陣の跡

 江戸幕府の交通政策によって東海道が整備されたことや、参勤交代制などにより、江戸〜上方間を往来する人々は増え、旅人の宿泊所、休憩所も街道の随所に設けられました。
 このあたりは、大磯宿と小田原宿の中間に位置し、大磯宿〜小田原宿の距離が16キロメートルと長い上、押切坂、酒匂川を手前に控えていることから、 間の宿(あいのしゅく)として休憩所が設けられ、大友屋・蔦屋・釜成屋など多くの茶屋や商店が軒を並べ、「梅沢の立場」と呼ばれて、大変賑わっていました。
 その中心的存在となっていたのが「松屋本陣」であり、参勤交代の諸大名・宮家・幕府役人など、特権階級にあたる人達の休憩所に指定されていました。 「松屋」であった和田家には、本陣を利用した人々の記録である「御休帳」が保存されていて、二宮町指定重要文化財になっています。

『松屋本陣の跡』説明より

■松屋本陣の跡
松屋本陣の跡


住所 神奈川県中郡二宮町山西
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年3月現在


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