名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年7月17日

名右衛門
更新情報
後北条氏
目次
郷土の歴史を学ぶ
 秋田県
 福島県
 栃木県
 群馬県
 茨城県
 千葉県
 埼玉県
 東京都
 神奈川県
 山梨県
 新潟県
 長野県
 静岡県
 愛知県
 三重県
 和歌山県
 京都府
 大阪府
 奈良県
 兵庫県
 岡山県
 広島県
 山口県
 高知県
 福岡県
 長崎県
家系図調査 (ID/PASS)
リンク集
北条早雲情報
小田原市ホームページ
管理人 名右衛門について
・管理人の紹介
メール 勉強中の管理人に
メールを送信する
神奈川県 > 新島襄終焉の地 (にいじまじょうしゅうえんのち)

城と館
東海道

同志社大学創設者

明治の三大教育者の一人、新島襄終焉の地。

新島襄終焉の地

 明治の先覚的教育者新島襄は、1843年2月12日(天保14年1月14日)江戸神田の安中藩邸内で、藩士 新島民治の長男として生まれた。
 その当時は、近代日本の黎明期に当り、新島襄は憂国の至情抑えがたく、 欧米先進国の新知識を求めて1864年(元治元年)函館から脱国して米国に渡り、苦学10年キリスト教主義教育 による人民教化の大事業に献身する決意を抱いて1874年(明治7年)帰国、多くの困難を克服して、1875年 (明治8年)11月29日京都に同志社英学校を設立した。
 その後宿願であった同志社大学設立を企図して東奔西走中病にかかり、1890年(明治23年)1月23日 療養先のここ大磯の地、百足屋旅館で志半ばにして47歳の生涯を閉じた。

『新島襄終焉の地』説明より

■新島襄終焉の地
新島襄終焉の地

東海道沿い

百足屋 絵図


住所 神奈川県中郡大磯町大磯
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年3月現在


Copyright (C) 2008-2018 naemon All Rights Reserved.