名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年1月21日

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神奈川県 > 押切坂一里塚 (おしきりざかいちりづか)

城と館
東海道

東海道53次、日本橋から18番目の一里塚

旧東海道の一里塚は江戸日本橋から京都三条大橋まで125里で、慶長9年街道の付属施設として1里ごとに造られた。

押切坂一里塚

 慶長9年(1604)江戸幕府徳川家康は、息子秀忠に命じ、東海道、東山道、北陸道の三街道に、江戸日本橋を 起点として一里(約4キロメートル)ごとに塚を築かせ、交通の円滑化を図りました。
 一里塚は、大名の参勤交代や旅人の道程の目安、馬や籠などの運賃の目安であると同時に、塚の上にある大木は、 夏は木陰をつくり、冬は寒風を防いで、格好の休憩所にもなりました。
 ここ二宮の一里塚は、江戸日本橋から18番目の一里塚で、大磯宿と小田原宿の中間に位置しています。塚は街道を 挟んで両側に築かれ、北側の塚は、高さ一丈(約3.3メートル)、上には榎(えのき)が植えられていました。 周辺には、旅人目当ての茶屋や商店が軒を並べ、「梅沢の立場」と呼ばれて、大変賑わっていました。

『押切坂一里塚』説明より

■押切坂一里塚
一里塚

旧東海道、押切坂

一里塚と松


住所 神奈川県中郡二宮町山西
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年3月現在


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