名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年4月25日

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神奈川県 > 佐助稲荷神社

城と館
東海道

相州鎌倉隠里 佐助稲荷神社

源頼朝が「右兵衛権佐(うひょうえのすけ)」に任じられた事より「佐殿(すけどの)」と呼ばれており、その頼朝を助けた事により「佐助」と云われる

佐助稲荷神社

 当社は源頼朝公の再建せし古社にして御祭神は宇加御魂命・大己貴命・佐田彦命・大宮女命・事代主命。
 往古頼朝公伊豆蛭ヶ小島の配所にて、平家討伐を日夜念じをりし折、稲荷の大神気高き老翁の姿にて夢に現れ給い、 挙兵を促し、その時期を啓示し給えり。
 頼朝公天下一統の礎を固めし後、稲荷神霊の加護に感謝し畠山重忠に命じ、佐介山隠れ里の霊地を選び社殿を造建せしむ。 人々の信仰きわめてあつく、出世稲荷としてその御神徳は広く関東一円に拡がりたり。
 さらに寛元の頃(13世紀中)鎌倉に疫病流行せし時、佐介稲荷の大神再び奇瑞を現し給い、霊種をして 薬草を生ぜしめ病苦の者、ことごとく癒し給いぬ。
 以来、神威更にかがやき、商売繁盛、病気平癒、大漁満船、学業成就の霊験顕然たり。

佐助稲荷神社由来説明より 

■佐助稲荷神社
佐助稲荷神社

拝殿

本殿

石祠群

石祠

霊狐泉

下社




住所神奈川県鎌倉市佐助2丁目22−10
時間
休日
拝観料
駐車場
2008年3月現在


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