名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年1月21日

名右衛門
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後北条氏
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神奈川県 > 浦賀城

城と館
東海道

戦国時代の小田原北条氏の城

東叶神社境内山頂にあり、幕末には勝海舟が咸臨丸出向の前に断食祈願をしたと伝えられている

浦賀城



戦国時代に小田原北条氏が三浦半島を支配した時に房総里見氏からの攻撃に備えて北条氏康が三崎城の出城として築いたといわれています。
水軍の根城として山頂には空掘など城の遺構が残り、下田山・城山とも呼ばれていました。

『浦賀城址の板碑より抜粋』

■浦賀城
浦賀城址からみた景色

浦賀城址之碑

 万延元年(1860)、日本で初めて太平洋横断を成しとげた咸臨丸の艦長格・勝海舟は、航海前に、東叶神社の井戸で水垢離をした後、 裏山の山頂で断食をしたと伝えられています。
 過酷な冬の太平洋を初めて航海するにあたり、船玉明神を祀る叶神社に、航海の安全を切実な思いで祈願したと思われます。

『勝海舟断食の碑より』


勝海舟断食の碑



住所横須賀市東浦賀2丁目21番25号
時間
休日
拝観料
駐車場
ホームページ叶神社HP「浦賀城址
2013年8月現在


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