名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年7月17日

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神奈川県 > 三浦義澄之墓(薬王寺旧跡)

城と館
東海道

三浦義明の次男、義澄の墓


 
三浦家五代目頭領、三浦義澄

三浦義澄之墓(薬王寺旧跡)

 薬王寺は仏頂山と号し、建暦2年(1212)鎌倉幕府の侍所別当であった和田義盛が父義宗や叔父 義澄の菩提を弔うため創建したものと伝えられるが、明治9年頃廃寺となった。もとの本堂跡はここより 東南の位置にあったという。
 石塔群のうち凝灰岩製の方形石を三重した石塔は、三浦荒次郎義澄の墓 と伝えている。最下石の四方には胎蔵界の種子が配され、二層及び三層石の上方には納骨穴様のものが穿たれている。
 これら石塔群は当地出土の元応2年(1320)銘の青板碑(満昌寺)とともに薬王寺の歴史を裏づける貴重な存在である。

『薬王寺旧跡説明碑より』

■三浦義澄之墓(薬王寺旧跡)
三浦義澄之墓



三浦義澄之墓、入口

説明と通路

薬王寺旧跡碑、裏側

三浦礼所四番 薬師如来 薬王寺




住所神奈川県横須賀市大矢部1丁目13
時間
休日
拝観料
駐車場
2015年11月現在


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