名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年1月23日

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長野県 > 真田氏居館跡 (さなだしきょかんあと)

城と館

真田所縁の地

戦国時代の真田家の館。

真田氏居館跡

 真田氏館跡は、真田氏本城跡から800m南西に位置する、東西に長い梯形の一画である。地元では一般に御屋敷と呼ばれている。
 この遺跡は、真田昌幸が天正11年(1583)上田城を築城する以前の居館とされており、昌幸の父幸隆(幸綱)、兄信綱の代から 用いられていたと考えられる。
北東に真田氏本城、東に天白城、北に神川を隔てて尾引城(横尾城)、西方に砥石城などを巡らしている要害の地である。
 敷地は西辺130m、東辺80m、北辺150m、南辺160mの台形で、東側から西側にかけてゆるやかに傾斜している。 敷地の周りには土塁を回らせているが、南東隅の土塁は内方に折れ曲がって角を欠いている。対角の北西隅には厩跡と呼ばれる土塁で囲まれた 一郭がある。東側には堀があり、北側は大沢川を自然の堀としている。
 南方が表正面(大手口)で、石積みで固めた土塁を築き、枡形も残っているが、北側土塁に設けられた裏面(搦手口)と考えられる虎口には枡形は無い。
 居館内の東半分には、真田昌幸が居館の荒廃を憂いて勧進したと伝わる皇太神社が祀られている。
 真田氏の居館と称するものは角間や甲石等にもあったとされるが、山家の館跡とともに遺構が現存しているこの御屋敷は貴重な史跡である。

『県指定史跡 真田氏館跡』説明より

■真田氏居館跡
真田氏居館跡

大手門

搦手門

西曲輪


東門

地図

東曲輪

皇太神宮

御手水石

説明






住所 長野県上田市真田町本原
時間 −
休日 −
拝観料 −
駐車場 有
2016年7月現在


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