名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年4月20日

名右衛門
更新情報
後北条氏
目次
郷土の歴史を学ぶ
 秋田県
 福島県
 栃木県
 群馬県
 茨城県
 千葉県
 埼玉県
 東京都
 神奈川県
 山梨県
 新潟県
 長野県
 静岡県
 愛知県
 三重県
 和歌山県
 京都府
 大阪府
 奈良県
 兵庫県
 岡山県
 広島県
 山口県
 高知県
 福岡県
 長崎県
家系図調査 (ID/PASS)
リンク集
北条早雲情報
小田原市ホームページ
管理人 名右衛門について
・管理人の紹介
メール 勉強中の管理人に
メールを送信する
長崎県 > いろは丸事件の談判場所・聖福寺

城と館

坂本龍馬、故縁の地



いろは丸事件の談判場所・聖福寺

 慶応3年(1867)5月22日、いろは丸事件の談判が、この聖福寺で行われました。4月23日、坂本龍馬らが乗った「いろは丸」は、瀬戸内海で紀州藩船「明光丸」と衝突・沈没。その賠償交渉が鞆(とも)の浦(福山市)と長崎で行われ、龍馬は土佐藩士・後藤象二郎とはかり、紀州藩に賠償金8万3000両(のちに7万両に減額)を支払わせることで決着しました。このとき龍馬は世論を味方にするため「船を沈めたその償いに、金をとらずに国をとる」という歌をつくり、長崎の街中に広めたと言われています。
 

『聖福寺 板碑より』

■いろは丸事件の談判場所・聖福寺
いろは丸事件の談判場所・聖福寺

説明


住所長崎県長崎市玉園町3−77
時間
休日
拝観料
駐車場
2013年10月現在


Copyright (C) 2008-2018 naemon All Rights Reserved.