名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年9月21日

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後北条氏
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静岡県 > 駿府城

城と館

駿河の拠点

徳川家康の居城

駿府城

 今から約650年前の室町時代、今川範国が駿河守護職に任じられて以降、駿河国は今川氏によって治められました。 9代義元の今川し全盛の頃、徳川家康は7歳から18歳までの間、人質として駿府に暮らしました。永禄3年(1560)今川義元が桶狭間で 織田信長に討たれた後、今川氏は急速に衰退し、永禄11年(1568)武田氏より駿府を追われました。
 徳川家康は、駿府の武田氏を天正10年(1582)に追放した後、同13年(1585)には駿府城の築城を開始し浜松城から移りました。 しかし徳川家康は、天正18年(1590)豊臣秀吉により関東に移封され、豊臣系の中村一氏が駿府城の城主になりました。その後、徳川家康は、 関ヶ原の戦いに勝利し、慶長8年(1603)に征夷大将軍に任じられ、江戸幕府を開きます。慶長10年(1605)に将軍職を息子秀忠に譲り、 同12年(1607)には大御所として三たび駿府に入りました。

『駿府城についてより抜粋』

■駿府城
巽櫓と東御門

東御門(外側)

東御門(内側)

坤櫓(内側)

坤櫓(外側)

二の丸御門跡(外側)

二の丸御門跡(内側)

本丸跡と徳川家康像

駿府城碑


  


住所静岡県静岡市葵区駿府城公園1
時間一部
休日
拝観料一部
駐車場無(文化会館地下駐車場)
2014年8月現在


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