名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年10月19日

名右衛門
更新情報
後北条氏
目次
郷土の歴史を学ぶ
 秋田県
 福島県
 栃木県
 群馬県
 茨城県
 千葉県
 埼玉県
 東京都
 神奈川県
 山梨県
 新潟県
 長野県
 静岡県
 愛知県
 三重県
 和歌山県
 京都府
 大阪府
 奈良県
 兵庫県
 岡山県
 広島県
 山口県
 高知県
 福岡県
 長崎県
家系図調査 (ID/PASS)
リンク集
北条早雲情報
小田原市ホームページ
管理人 名右衛門について
・管理人の紹介
メール 勉強中の管理人に
メールを送信する
静岡県 > 頭陀寺城(松下屋敷)

城と館

戦国時代の城

豊臣秀吉、徳川家康、井伊直虎・直政ゆかりの地である。
松下氏は、戦国時代、引馬城の飯尾氏に仕え、後に家康に伝えました。


頭陀寺城(松下屋敷)

 頭陀寺はかつて天竜川下流にあった広大な「川勾荘」の現地荘官として、四十六所明神[現在は津毛利神社と改称]とともに荘園の中核をなしました。 往時には多くの塔頭寺院をかかえ、寺院も広く、門前には市場もたちました。当時の境内には戦国大名今川氏に仕えた武将 松下之綱の屋敷があり、 ここ一帯は別名 頭陀寺城とも呼ばれました。松下屋敷には、少年時代の豊臣秀吉が天文20年(1551)から三年にわたり奉公していたと記録にあり、 この寺の付近には鎌研池や目刺橋など秀吉にかかわる伝承地も残っています。
なお、松下氏の一族は井伊氏とも近く、父・直親を殺された幼少の井伊直政を匿い、母の再婚相手となった松下源太郎[清景]が直政を養子として、 今川氏の追ってから保護しました。また、松下之綱の娘は柳生宗矩に嫁ぎ、柳生十兵衛を生んでいます。
 その後、今川氏に反攻した松下氏や飯尾氏らとの攻防で、永禄7年(1564)頭陀寺は炎上してしまいましたが、後年、縁のあった 豊臣秀吉、徳川家康の寄進により復興しました。

『頭陀寺城(松下屋敷)跡』説明より

■頭陀寺城
天守台


■松下屋敷跡
松下屋敷跡



松下屋敷は戦国時代の国人領主、松下氏が居を構えた場所で別名、「頭陀寺(ずだじ)城」と呼ばれています。 屋敷の敷地は 100m 四方ほどありました。この屋敷の主であった松下 之綱(ゆきつな)には、織田信長に仕える前の 豊臣秀吉が奉公したと伝わります。
 浜松市は、2001年と2015年に発掘調査を行い、礎石建物や庭園の池、屋敷を囲む土塁や堀などを確認し、豊富な遺物が 出土しました。これらの発掘調査結果によって、当地には伝承どおり、戦国時代の居館が地中に埋もれていることが明らかになりました。
 なお、幼少期の井伊直政(虎松)は松下氏の一門である松下清景の養子となり、徳川家康への謁見がかないました。

『松下屋敷跡』説明より

住所 静岡県浜松市南区頭陀寺町214
時間 −
休日 −
拝観料 −
駐車場 −
2017年4月現在


Copyright (C) 2008-2018 naemon All Rights Reserved.