名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年11月21日

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東京都 > 浜川砲台 (はまかわほうだい)

城と館
東海道

若き日の坂本龍馬と浜川砲台

江戸に剣術修業に来ていた坂本龍馬が守った砲台跡

浜川砲台

 嘉永6年(1853)6月、アメリカ合衆国はペリー提督の率いる4艘の艦隊を日本に派遣して 開国を迫った。国書を幕府に渡すと、来春、再来航するとしてペリーは去った。
 日本側は、次回は戦争になると想定して、江戸湾の防備に力を入れることになる。
 土佐藩はここに鮫洲抱屋敷を持っていたので、砲台を造ることを幕府に願い出た。
 嘉永7年(1854)1月、ペリー艦隊が再来航した時、急遽、土佐藩が造ったのが、浜川砲台である。

 6貫目ホーイッスル砲 1門(復元)
 1貫目ホーイッスル砲 2門
 鉄製5貫目砲     5門

 計8門を配備した砲台だった。ここに復元したのは6貫目ホーイッスル砲である。
 実物のない他藩では丸太を大砲らしく見せた偽物もあった中で土佐藩の装備は江戸っ子の評判も上々で、次のような 狂歌も作られている。

 品川の固めの出しのよくきくは 下地もうまく なれし土佐武士

[品川の固め場(守備陣地)の良く効果的であったのは、準備もうまい熟練の土佐のサムライだからだ]

 これは土佐の鰹節にかけた狂歌で堅目のダシの良く効くは、料理の下ごしらえも、上手くできる土佐ぶし(鰹節) だからだという意味である。
 この浜川砲台に佐久間象山塾で大砲操練を学んだ20歳の坂本龍馬がいたのである。

『浜川砲台の大砲』説明より

■浜川砲台
6貫目ホーイッスル砲

外観

説明


住所 東京都品川区東大井2丁目26−18 区立新浜川公園内
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年1月現在


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