名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年11月21日

名右衛門
更新情報
後北条氏
目次
郷土の歴史を学ぶ
 秋田県
 福島県
 栃木県
 群馬県
 茨城県
 千葉県
 埼玉県
 東京都
 神奈川県
 山梨県
 新潟県
 長野県
 静岡県
 愛知県
 三重県
 和歌山県
 京都府
 大阪府
 奈良県
 兵庫県
 岡山県
 広島県
 山口県
 高知県
 福岡県
 長崎県
家系図調査 (ID/PASS)
リンク集
北条早雲情報
小田原市ホームページ
管理人 名右衛門について
・管理人の紹介
メール 勉強中の管理人に
メールを送信する
東京都 > 北町奉行所跡 (きたまちぶぎょうしょあと)

城と館
東海道

徳川幕府の江戸の奉行所

遠山の金さんこと、遠山金四郎景元が天保の改革時に北町奉行を勤めた場所。

北町奉行所跡

 この地域は、江戸時代には呉服橋門内と呼ばれ、文化3年(1806)から幕末まで北町奉行所が置かれていました。 町奉行は、寺社奉行、勘定奉行とともに徳川幕府の三奉行のひとつで、今の有楽町駅前にあった南町奉行所と、ここ北町奉行所 の2箇所に分かれて交代で町人地の行政・司法・警察の職務を担っていました。名奉行として有名な遠山左衛門尉景元は、 天保11年から14年(1840−1843)まで当所で執務をしていました。

 平成12年からの発掘調査では、北町奉行所の上水道や井戸、屋敷境などの遺構が発見されました。ここに復元した石組みの溝は、 ここから西方約30mの地点で発見された、屋敷北東角の道路との境を巡る下水構の一部です。この遺構は、本来3〜4段の石積みで あったものと思われますが、発見された時は最下段を残すのみでした。溝の角石が切り取ってあるのは、邪気が進入する鬼門である 艮(うしとら:丑寅)の方角を防護するための呪術的な意味を示すものとされています。

『北町奉行所跡』説明より

■北町奉行所跡
北町奉行所跡

地図


住所 東京都千代田区丸の内1丁目8−1
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年2月現在


Copyright (C) 2008-2018 naemon All Rights Reserved.