名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年4月20日

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東京都 > 佐久間象山塾跡

城と館
東海道

幕末の塾

勝海舟、吉田松陰、坂本龍馬らが通った塾。

佐久間象山塾跡

 この地域には、江戸時代後期の思想家で、信濃国(現在の長野県)松代藩士佐久間象山(1811〜1864)の私塾がありました。
 象山は初め儒学を修め、天保(1839)神田お玉ヶ池付近に塾を開き、さらに松代藩の江戸藩邸学問所頭取などを務めました。
 後に海防の問題に専心して西洋砲術や蘭学を学び、嘉永4年(1851)、兵学及び砲術を教授し、海防方策の講義などを行う目的で、木挽町五丁目(現在地付近)に塾を開きました。 嘉永六年改正の絵図によると、「狩野勝川」(幕府奥絵師木挽町狩野家の画塾)と向かい合う場所に「佐久間修理」(象山)の名が見られます。この塾は二十坪程の規模で、常時三十〜四十人が学んでいたといいます。
 その門下には、勝海舟・吉田松陰・橋本佐内・河井継之助など、多くの有能な人材が集まり、土佐藩士坂本龍馬の名も門人帳に確認することができます。龍馬は、嘉永六年に江戸へ最初の剣術修行に出て、その最中である十二月一日に象山に入門しました。
 木挽町の塾には、諸藩から砲術稽古の門下生が急増しましたが、嘉永七年に門人の吉田松陰がアメリカ密航に失敗した事件に連座して、象山は国許に蟄居を命ぜられてて塾も閉鎖されました。

『中央区教育委員会説明板より』

■佐久間象山塾跡
佐久間象山塾跡

説明
 


住所東京都中央区銀座6丁目15番地域
時間
休日
拝観料
駐車場
2015年5月現在


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