名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年11月19日

名右衛門
更新情報
後北条氏
目次
郷土の歴史を学ぶ
 秋田県
 福島県
 栃木県
 群馬県
 茨城県
 千葉県
 埼玉県
 東京都
 神奈川県
 山梨県
 新潟県
 長野県
 静岡県
 愛知県
 三重県
 和歌山県
 京都府
 大阪府
 奈良県
 兵庫県
 岡山県
 広島県
 山口県
 高知県
 福岡県
 長崎県
家系図調査 (ID/PASS)
リンク集
北条早雲情報
小田原市ホームページ
管理人 名右衛門について
・管理人の紹介
メール 勉強中の管理人に
メールを送信する
東京都 > 品川一里塚跡 (しながわいちりづかあと)

城と館
東海道

東海道53次、日本橋から2番目の一里塚

旧東海道の一里塚は江戸日本橋から京都三条大橋まで125里で、慶長9年街道の付属施設として1里ごとに造られた。

品川一里塚跡

一里塚は定かではないが、日本橋から2里の場所が品川宿であり、碑が立っている。

「東海道53次」といわれる江戸から京都間の53の宿の中で、品川宿は諸街道の最初の宿場町である。  旅人は、品川宿を経由して西を目指し、また家路についた事から「東海道の玄関口」として栄え、 宿内の家屋は1600軒、人口7000人規模で賑わっていた。  今でも品川宿周辺は、江戸時代と同じ道幅を保ち、かつての宿場町として、活気が息づいている。

『東海道品川宿』説明より

江戸時代の東海道は、品川宿に入ると海にちかくなり、宿場通りから海岸の方へ行く横町は全て坂になっていました。  昔の海岸線には護岸のための石垣が築かれていました。江戸時代には、ときどき波浪によって この石垣が壊され、宿場にとって修復は大変な負担となりました。

『海岸石垣の名残』説明より

■品川一里塚跡
品川一里塚跡

外観

『東海道品川宿』説明

『海岸石垣の名残』説明

公園内


住所 東京都品川区北品川1丁目30 品海公園入口付近
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年1月現在


Copyright (C) 2008-2018 naemon All Rights Reserved.