名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年4月22日

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東京都 > 常盤塚(ときわづか)

城と館
東海道

戦国時代、悲劇の姫

薄幸の住人常盤の方ここに眠る

常盤塚

 天文動乱の昔、南関東の覇者世田谷城主七代吉良頼康は、重臣奥沢城主大平出羽守の息女常盤の方を この上なく寵愛していたが、他の側室達の讒訴を信じてゆくりなくこれを退けんとした。常盤の方は早くも これを察知して城を脱出したが到底逃れかたきを悟り、
  君をおきて仇し心はなけれとも   浮名とる川 沈みはてけり
窈窕美麗たくいなしとうたわれ鷺草にも比すべき麗人も無実を訴えたこの悲痛な辞世を残してあわれ19才の 花の命を胎内の若子諸共に田の面の露と消え果てたのである。
後にこれは冤罪であることが明らかとなり、頼康は後悔のほぞをかみ、遂に八幡の旧地に若子を相殿として祀る。 駒留八幡がこれである。
時人また非業の最後を遂げた常盤の方を憐みこの地に一塚を築き語りつぎ、 いい伝え、連綿としてこれを守り続けたが年月の久しき今は顧みるものも少なく塚も朽ち果てて見るかげもない。 有志これを憂い相謀って資を募りこれを復興してその霊の鎮まらんことを祈るものである。

伝承史跡常盤塚説明碑より抜粋

■常盤塚
常盤塚

外観

伝承史跡常盤塚説明碑


住所東京都世田谷区上馬5丁目30−18
時間
休日
拝観料
駐車場横に有料駐車場有
2015年8月現在


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