名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年1月24日

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和歌山県 > 真田庵 (さなだあん)

城と館

真田昌幸、幸村閉居の地

高野山真言宗。

真田庵



高野山に追放されたが、のちに麓の九度山にて生活した蟄居時代の草庵跡。真田昌幸、最後の地である。

■真田庵
真田庵

真田庵


雷封じの井

真田幸村公碑

慶長年間幸村公が閉居中、眞田屋敷に落ちた雷をとりおさえて、井戸に封じ里人の難を救ったと云う。

「雷封じの井」説明より

■真田安房守昌幸墓地
真田安房守昌幸墓地

説明


真田地主大権現


 信州上田城主であった真田安房守昌幸は、関ヶ原合戦の時、次男幸村と共に西軍に組して戦った。
 戦の後、徳川家康から高野山での謹慎を命じられ慶長5年(1600)に高野山に登り、 間もなく父子共にこの九度山に閉居した。昌幸は、同16年(1611)に死亡(享年65歳)したので、 その屋敷地に葬ったのがこの墓地である。
 その後、幸村は、同19年(1614)に大阪夏の陣に参戦し、その勇猛さはつとに知られている。
 日本史上著名な人物及び事象に関する地として貴重な遺跡である。

「真田安房守昌幸墓地」説明より



住所 和歌山県伊都郡九度山町九度山1413 善名称院
時間
休日
拝観料
駐車場 有(道の駅 柿の郷くどやま)
2016年4月現在


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