名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年10月19日

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山梨県 > 秋山伯耆守信友屋敷跡(あきやまほうきのかみのぶともやしきあと)

城と館

織田信長と対峙した勇将

秋山伯耆守信友。大永7年〜天正3年10月21日。武田家譜代家老。岐阜にて刑死。

秋山伯耆守信友屋敷跡

 秋山氏は、甲斐源氏の支流で、武田家の譜代家老の家柄である。信友といわれるが、実名は虎繁が正しい。 天文15年(1546)に侍大将に抜擢され、信玄の信濃国伊那郡制圧に伴い、高遠城代を、次いで飯田城代を 歴任したという。また、弘治年間には、伊那大島城に在城している。信友は、武田家の伊那郡支配に深く関与し、 赤須・大島氏を始めとする春近衆などを配下に置き、織田・徳川氏を監視する役割を担った。元亀3年(1572)、 信玄が西上作戦を開始すると、信友は伊那衆を率いて美濃に侵攻し、遠山景任未亡人(織田信長の叔母)の守る岩村城 を包囲した。城方との交渉の末、景任未亡人を信友の妻とし、遠山氏の養子御坊丸(信長の子)を人質として 甲府に送還することで開城させ、信長と対峙する最前線を警固した。長篠敗戦後、織田信忠に包囲されて降伏し、 岐阜で処刑された。

『秋山伯耆守信友屋敷跡』説明より

■秋山伯耆守信友屋敷跡
屋敷跡

秋山信友


住所 山梨県甲府市武田4丁目4
時間
休日
拝観料
駐車場
2007年10月現在


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