名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年9月21日

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山梨県 > 甘利備前守虎泰屋敷跡 (あまりびぜんのかみとらやすやしきあと)

城と館

板垣信方と並ぶ武田家の重臣

甘利備前守虎泰。?〜天文17年2月14日。

甘利備前守虎泰屋敷跡

 武田氏の譜代家老で、板垣信方とともに両識という最高職んい就任していたとされる重臣。甘利氏は、 甲斐源氏の支流にあたり、武田氏を支えて活躍した。本拠地は、甘利荘と呼ばれた地域で、そこに館(現在の 韮崎市大輪寺)があった。武田信虎・信玄二代の重要な作戦のほとんどに参加したといわれ、百騎の士卒を率いて いた。天文15年(1546)8月、信玄が信濃志賀城(佐久市)の笠原清繁を攻めた際に、関東管領上杉憲政の 援軍を虎泰は、板垣信方らとともい、小田井原の合戦でこれを撃破している。同17年(1548)2月、 信玄が村上義清と戦い、初めての敗戦を喫した上田原の合戦で戦死した。その跡は、ただちに息子藤三昌忠 (後に左衛門尉)が継いだ。

『甘利備前守虎泰屋敷跡』説明より

■甘利備前守虎泰屋敷跡
屋敷跡

甘利虎泰


住所 山梨県甲府市岩窪町
時間
休日
拝観料
駐車場
2007年10月現在


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