名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年11月15日

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山梨県 > 甲府城跡(こうふじょうあと)

城と館

別名、舞鶴城

江戸幕府6代将軍、徳川家宣や、綱吉に仕えた柳沢吉保らの城である。

甲府城跡

 甲斐国は、天正10年(1582)武田家滅亡後は、織田信長・徳川家康(城代 平岩親吉)の時代を経て、 天正18年(1590)豊臣秀吉の支配となり、羽柴秀勝、加藤三泰、浅野長政・幸長親子により治められました。
 甲府城は慶長5年(1600)頃に浅野氏により完成したと考えられます。関ヶ原の戦い後は徳川義直(家康の九男)、 忠長(2代将軍秀忠の三男)、綱重(3代将軍家光の三男)、綱豊(後の6代将軍家宣)ら徳川家一門が城主となり城番・城代制が しかれました。宝永2年(1705)には、徳川家以外の大名として武川衆出身の柳沢吉保・吉里親子が領主となり、この時代に 城下町も大きく発展しました。柳沢氏の大和郡山移封後は、甲府勤番制となり、また、大火にもおそわれ、次第に壮麗な姿は 失われていきました。

『甲府城跡 舞鶴城公園案内図』より抜粋

■甲府城跡
稲荷櫓

舞鶴城公園(甲府城跡)説明

入口

稲荷曲輪門

 

鍛冶曲輪門

 

坂下門跡から本丸を望む

本丸へ

本丸からの外観

 

石垣

 


 

堀と遊亀橋

 

歴史公園(建築中)

本丸より稲荷櫓を望む


住所 山梨県甲府市丸の内1丁目
時間
休日
拝観料
駐車場
2007年2月現在


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