名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年1月24日

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山梨県 > 武田信玄公の墓(たけだしんげんこうのはか)

城と館

甲斐国主、武田信玄公御墓所

信玄の死は3年間秘密にされ、恵林寺にて埋葬されたといわれる。

武田信玄公の墓

 天正元年(1573)4月12日、信州伊那駒場で53歳を一期として、波瀾の生涯を閉じた英雄信玄公はその臨終に際し、 3年間の秘喪を命じた。嫡子勝頼公は、これに従い、信玄公の遺骸を密かにして、3年後、24将の1人、土屋右衛門昌次の邸内で、 茶毘に附し、天正4年4月16日、塩山、恵林寺に於て、葬礼を行い、埋葬した。岩窪の墓所は、土屋氏の邸跡で、後世これを、 魔縁塚と呼び、里人は恐れて近づかなかったという。それから、およそ二百年後の江戸時代安永8年(17779)甲府代官、 中井清太夫が発掘して、石棺を見つけ、その銘に「法性院機山信玄大居士・天正元年癸4月12日死」とあったので、もとの ように埋め幕府に届けて、信玄公の墓と定めた。 この時、東花輪村、田中喜衛門、西花輪村、内藤正助、他52人の武田家の旧臣有志が大石碑を建て、壮麗な聖域とした。 碑文は時の円光院住職・愚應の書である。

『甲斐国主、武田信玄公御墓所』説明より抜粋

■武田信玄公の墓
稲荷櫓

外観

碑文説明


住所 山梨県甲府市岩窪町
時間
休日
拝観料
駐車場
2007年2月現在


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