名右衛門
− 郷土を旅する歴史団  − 2018年11月18日

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山梨県 > 土屋右衛門尉昌続屋敷跡 (つちやうえもんのじょうまさつぐやしきあと)

城と館

信玄が育てた文武両道の武将

土屋右衛門尉昌続。天文14年〜天正3年5月21日。

土屋右衛門尉昌続屋敷跡

 武田氏の譜代家老で、もとは金丸(かなまる)平八郎と称した。西郡の豪族金丸虎義(とらよし)の次男で、 信玄の奥近習6人に選抜される。永禄4年(1561)9月の川中島の戦いでは、本陣の信玄を警固して動じなかった ことから、名族土屋氏の名跡を与えられたという。永禄10年(1567)のころより、信玄の側近として、また奉行 として頭角を現し、特に今川攻めで活躍している。また武田氏と、里見・太田氏など関東の大名との外交交渉も担った。 元亀元年(1570)に右衛門尉に任命され、百騎を預かる侍大将に取り立てられた。天正3年(1575)の 長篠の合戦で戦死した。その跡は、実弟惣三(惣蔵)昌恒が継いでいる。

『土屋右衛門尉昌続屋敷跡』説明より

■土屋右衛門尉昌続屋敷跡
屋敷跡

土屋昌続


住所 山梨県甲府市古府中町
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年3月現在


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