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2021年1月24日
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織田信長戦地本陣跡
城と館
御城印
長篠設楽原の戦いの織田信長の本陣
天正3年5月、上平井の極楽寺から茶臼山に本陣を移す。
織田信長戦地本陣跡
天正3年(1575)、長篠・設楽原の戦いに臨んだ織田信長は、設楽原の決戦を控えて 上平井の極楽寺で軍議をひらき、武田軍の騎馬隊攻略の作戦を練った。 そして、自らは、この茶臼山に進撃し、本陣をおいて指揮をとった。 このすぐ北側には、側近、羽柴秀吉を従え、徳川家康を最前線の弾正山に配置した。 夫人は、当時の信長の権力の絶大さを示しているといえよう。ここには、珍しい信長の歌碑がある。
「きつねなく 声もうれしくきこゆなり 松風清き 茶臼山かね」
『織田信長戦地本陣跡』説明より
■織田信長戦地本陣跡
PA下り側入口
本陣外観
新城市を望む
茶臼山稲荷神社
説明
織田信長の歌碑
説明
住所
愛知県新城市牛倉城山
時間
-
休日
-
拝観料
-
駐車場
有(長篠設楽原PA下り)
2020年6月現在
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