名右衛門
- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年4月15日

名右衛門
更新情報
歴史志伝
目次
郷土の歴史を学ぶ
北海道
 北海道
東北
 青森県
 秋田県
 岩手県
 山形県
 宮城県
 福島県
関東
 栃木県
 群馬県
 茨城県
 千葉県
 埼玉県
 東京都
 神奈川県
 山梨県
信越
 新潟県
 長野県
北陸
 富山県
 石川県
 福井県
東海
 静岡県
 愛知県
 岐阜県
近畿
 和歌山県
 三重県
 滋賀県
 京都府
 大阪府
 奈良県
 兵庫県
中国
 鳥取県
 岡山県
 島根県
 広島県
 山口県
四国
 香川県
 徳島県
 愛媛県
 高知県
九州
 福岡県
 大分県
 佐賀県
 長崎県
 熊本県
 宮崎県
 鹿児島県
沖縄
 沖縄県
家系図調査 (ID/PASS)
リンク集
歴史志伝
北条早雲情報
管理人 名右衛門とは
・管理人の紹介
メール 勉強中の管理人に
メールを送信する
福岡県 > 多々良浜古戦場

城と館

足利尊氏の戦場。



多々良浜古戦場

 京都の合戦に敗れ、九州に逃れた足利尊氏は、宗像大宮司らの援軍を得て、建武3年(1336年)多々良川右岸に陣どり、肥後(現在の熊本県)の菊池武敏率いる九州勢と戦いました。
当時、この付近一帯では激戦が展開されましたが、尊氏側が勝利をおさめました。その後、尊氏は余勢せのままに京へ攻め上り、室町幕府を築きました。

『多々良浜古戦場』板説抜粋

■多々良浜古戦場

多々良浜古戦場

説明

兜塚

兜塚説明

 福岡流通センターの一角を占めるこの地は、古来「花園の森」と称せられ、南北朝時代の多々良浜合戦における戦死者を祀った兜塚の故地である。
元弘三年(1333)鎌倉幕府を倒して建武の中興に功労があった足利尊氏は、新政への不満から叛旗を翻したが、新田義貞、楠正成、北畠顕家らに敗れ、大友・島津・少弐らの勢力を恃んで僅か一千騎で九州に西下してきた。
 これを迎え撃つ朝廷方の菊池武敏・阿蘇惟直らは大軍をもって北上し、延元元年(1336)3月2日、多々良浜において決戦を挑む。結果は、折柄、北からの春嵐や水軍松浦党の謀反によって、菊池側の大敗に終り、尊氏、再び東上して中央の権力を恢復し室町幕府を開く端緒となった一戦であった。
 諸書によれば、この合戦の犠牲者は数千人に及んだというが、いつのころからか鎮魂のための兜塚がこの地に建てられ、毎年れんげの花咲くころ附近の人々の善意による祭祝が行われてきた。

『兜塚由来記 』抜粋


住所福岡県福岡市東区多の津1丁目20
時間
休日
拝観料
駐車場
2013年4月現在


Copyright (C) 2008-2021 naemon All Rights Reserved.