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- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年1月16日

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岐阜県 > 龍護寺

城と館

遠山家菩提寺

臨済宗妙心寺派。大明山 龍護寺。

 

龍護寺

 大永元年(1521)ここ塔仙坊に楞厳院という草庵があり、拍庭和上が住んでいた。 この人は京都妙心寺にいたが、三河旭村の三玄寺を経て当地に落ち着いたといわれている。
 慶長元年(1596)明智城主利景は、城の北に浄地を選んで禅刹一宇を建立。そして楞厳院を改め龍護寺とした。この時の和尚掾室がいわゆる中興の開山である。 建立の直後、覚岩和尚が法嗣をついで第一世となった。この時以来、龍護寺は代々遠山累代の墓がある。
 寺の本堂横に遠山氏累代の墓がある。
 また山門入口右手に、光秀公の供養塔と伝えられる碑が建っているが、光秀公に関する碑は「悲痛な想い」でことごとく割れるといった通説の通り、 斜めに大きくひび割れが入っている。
 また龍護寺には九条衣の伝承がある。
 これはその昔、或る夜 落武者が訪れ、無念の主君光秀公の直垂を持参し、永代供養を乞うて去った。それ以来、九条衣と称ばれる袈裟の四隅に、この光秀公の直垂の布が 縫いこまれ、寺宝として伝えられている。

『龍護寺』説明より

■龍護寺
 

説明

明智光秀公御霊廟


住所岐阜県恵那市明智町東山町1389−1
時間
休日
拝観料
駐車場
2020年6月現在


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