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- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年7月26日

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鹿児島県 > 東福寺城(とうふくじじょう)

城と館
御城印

鹿児島城
 島津氏の居城。

東福寺城

 この付近一帯を多賀山公園といいます。東郷墓地付近から鳥越トンネルの上までの丘一帯が、東福寺城の跡といわれています。 海岸は絶壁で、他方の国鉄線路沿側も急な斜面になっているため、山全体が天然の山城となっています。
 この城は、藤原純友から4代目にあたる長谷場永純が天喜元年(1053)に築いたものです。また、長谷場氏は、その頃の船着場の辺りに春日神社を建立したと言われています。また、三州 (日向、大隅、薩摩)としては初めの城とされています。
 南北朝時代(1336~1392)には、この城をめぐって激しい戦いが行われました。この頃、鹿児島を本拠にしていた長谷場、矢上、中村、上山、谷山の各氏は、南朝軍に加わり、 出水の山門院から鹿児島入りした島津氏は、北朝軍に属していました。両者は激戦を続けましたが、1343年、5代島津貞久は、東福寺城を勝ちとり、鹿児島をおさめる根拠地としました。
 さらに勢力をのばした島津氏は、8代島津元久の時代に清水城に移りました。
 このようにして形成された守護町(上町地区)が、鹿児島発達のもとになりました。

『東福寺城跡』説明より

■東福寺城
東福寺城
1053 天喜元年 長谷場永純により、築城。
1343 興国4年 島津貞久によって落城。
1602 慶長7年 島津家の居城が鹿児島城にうつり、廃城となる。



住所鹿児島県鹿児島市清水町28−25
時間
休日
拝観料
駐車場有(多賀山公園)
2018年8月現在


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