名右衛門
- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年4月15日

名右衛門
更新情報
歴史志伝
目次
郷土の歴史を学ぶ
北海道
 北海道
東北
 青森県
 秋田県
 岩手県
 山形県
 宮城県
 福島県
関東
 栃木県
 群馬県
 茨城県
 千葉県
 埼玉県
 東京都
 神奈川県
 山梨県
信越
 新潟県
 長野県
北陸
 富山県
 石川県
 福井県
東海
 静岡県
 愛知県
 岐阜県
近畿
 和歌山県
 三重県
 滋賀県
 京都府
 大阪府
 奈良県
 兵庫県
中国
 鳥取県
 岡山県
 島根県
 広島県
 山口県
四国
 香川県
 徳島県
 愛媛県
 高知県
九州
 福岡県
 大分県
 佐賀県
 長崎県
 熊本県
 宮崎県
 鹿児島県
沖縄
 沖縄県
家系図調査 (ID/PASS)
リンク集
歴史志伝
北条早雲情報
管理人 名右衛門とは
・管理人の紹介
メール 勉強中の管理人に
メールを送信する
京都府 > 本能寺址(ほんのうじ あと)

城と館
御城印

本能寺の変の舞台
織田信長の終焉の地

本能寺址

 応永22年(1415)御開山日隆聖人は、本門八品の正義を弘通せんがため、油小路高辻と五条坊門の間に一寺を建立して 「本応寺」と号されたが、後に破却されたので、永享元年(1429)小袖屋宗句の外護により、六角大宮に広大な寺地を得て移転再建、本門八品能弘の大霊場として「本能寺」と改称された。 その後、天文5年(1536)天文法乱によって焼失。天文14年(1545)第8世伏見宮日承王上人によって旧地より四条西洞院の此の地に移転、壮大なる堂宇の再興を見た。然るに天正10年 (1582)彼の「本能寺の変」によって織田信長とともに炎上、天正17年(1589)この地に再建せんとし、上棟式の当日、豊臣秀吉より鴨川村(現在の寺町御池)の地に移転を命ぜらる。 一山の大衆声を放って号涙すと。因みに本能寺は度々火炎に罹りたるをもって「ヒヒ」と重なるを忌み、能の寺を特に「去」と書くのが慣わしである。

『本能寺跡記』説明より

■本能寺址
本能寺址

老人ホーム西側

老人ホーム北東
住所京都府京都市中京区元本能寺南町
時間
休日
拝観料
駐車場
2020年12月現在


Copyright (C) 2008-2021 naemon All Rights Reserved.