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- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年7月25日

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京都府 > 京都所司代上屋敷跡(きょうとしょしだい かみやしきあと)

城と館
御城印

江戸幕府の京都警護
 もとは室町幕府の侍所。

京都所司代上屋敷跡

 ここより西方、大宮通辺りまで(北は丸太町通、南は竹屋町通)の一帯の地で、 そのほとんどが元待賢小学校用地となっている。
 所司代の名称・役職は、室町幕府の侍所にはじまり徳川幕府に受け継がれた。徳川時代の所司代は関ヶ原合戦の直後に設けられ、皇室・公家の監視、 京都諸役人の統率、京都町方の取締り(町方は、のち京都町奉行が行った)、さらに近畿8ヵ国の訴訟処理、西国三十三ヵ国の大名の動静監視など 強い権限をもつもので、幕府の老中に次ぐ最重要役職であった。
 初代奥平氏のあと、二代、三代は板倉勝重・重宗親子が任じられ、特に 重宗は名所司代の誉れ高く、京都市政の根本法規を制定した。以後、幕末まで58人が任じられた。文久2年(1862)京都守護職が設けられると 所司代はその管轄下に属し、王政復古によって廃止された。
 跡地には、明治3年(1870)、わが国初の中学校、京都府立京都第一中学校が建てられた。

『 京都所司代上屋敷跡』説明より

■京都所司代上屋敷跡
京都所司代上屋敷跡

住所京都府京都市上京区藁屋町
時間
休日
拝観料
駐車場
2020年12月現在


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