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- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2026年10月3日

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長崎県 > 土佐商会跡

城と館

海援隊発祥の地



土佐商会跡

 土佐藩の貿易関係の役所で、開成館貨殖局と呼ばれ、その長崎出張所は、慶応3年(1867)2月頃、西浜町(現在の浜町)に開設された。最初は、後藤象二郎が、後には岩崎彌太郎が主任となり、辣腕を振るった。同出張所の目的は、大砲や弾薬、さらには艦船等を調達することであったが、そのための資金は、土佐の樟脳や鰹節などを売却、捻出した。また、坂本龍馬率いる海援隊には、隊員それぞれに月々金5両を支給するなど、その運用資金なども調達した。このように、海援隊は土佐藩の保護のもとにあったので、海援隊旗は土佐藩旗と同様に、「赤白赤」の二曳(にびき)と呼ばれるものであった。明治2年(1869)正月、彌太郎は大阪商会(旧開成館大阪出張所)に転出。以後、大阪で活躍したが、長崎での経験が以後の九十九商会、三菱商会(現在の三菱グループ)へと発展する大きな原動力となった。

『土佐商会跡 板碑より抜粋』

■土佐商会跡
土佐商会跡


住所長崎県長崎市浜町2
時間-
休日-
拝観料-
駐車場-
2013年10月現在


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