名右衛門
- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年1月26日

名右衛門
更新情報
後北条氏
目次
郷土の歴史を学ぶ
北海道
 北海道
東北
 青森県
 秋田県
 岩手県
 山形県
 宮城県
 福島県
関東
 栃木県
 群馬県
 茨城県
 千葉県
 埼玉県
 東京都
 神奈川県
 山梨県
信越
 新潟県
 長野県
北陸
 富山県
 石川県
 福井県
東海
 静岡県
 愛知県
 岐阜県
近畿
 和歌山県
 三重県
 滋賀県
 京都府
 大阪府
 奈良県
 兵庫県
中国
 鳥取県
 岡山県
 島根県
 広島県
 山口県
四国
 香川県
 徳島県
 愛媛県
 高知県
九州
 福岡県
 大分県
 佐賀県
 長崎県
 熊本県
 宮崎県
 鹿児島県
沖縄
 沖縄県
家系図調査 (ID/PASS)
リンク集
北条早雲情報
小田原市ホームページ
管理人 名右衛門とは
・管理人の紹介
メール 勉強中の管理人に
メールを送信する
静岡県 > 井伊谷宮

城と館
御城印

後醍醐天皇第四皇子、宗良親王

御祭神:宗良親王 例祭日:9月22日

井伊谷宮

御祭神宗良親王(後醍醐天皇第四皇子・宮内庁調)は今より約650年前の南北朝時代に一品中務卿政東として、この地を本拠に 50年余の間、吉野朝のためにご活躍になられました。
その間 遠江 駿河 三河 甲斐 信濃 越後 上野 美濃等に軍を進められ、信濃宮・上野宮・越中宮と尊称され、晩年再びこの地を 訪ねられ元中2年8月10日御年73才にて薨去せられました。御墓は本殿背後に西に向ってたてられており宮内庁所管地であります。
明治元年明治天皇より当宮創立の勅旨が仰出され同5年2月12日御鎮座、同6年6月9日勅裁を以って官幣中社に列せられました。 親王は武のみならず和歌に秀で、その苦難な御生涯の中であっても歌集「李花集」をのこされ又、準勅選和歌集「新葉和歌集」の編纂など 文化の面でも御功績をのこされました。親王のどんな逆境に陥っても不撓不屈初志を貫き、希望を捨てずひたすら正義のために一生を 捧げられた御精神、御遺徳は多くの人達に慕われ学問・心願成就・開運の神と信仰され尊ばれております。

『井伊谷宮「由緒」』より

■井伊谷宮
井伊谷宮




■井伊社


井伊社


御祭神 贈従四位 井伊介政
    贈正四位 井伊新介高顕
例祭日 9月22日
<由緒>
井伊道政公とその子高顕公は井伊谷宮御祭神 宗良親王を当地井伊谷にお迎へ致し、終始一貫親王及び御子尹良親王を輔佐し忠勤を励まれました。 御祭神は幕末に桜田門外に散った井伊大老の祖であります。
命じ年、神祇省により宗良親王との御縁故により格別の思召を以って摂社として祀られています。

『摂社 井伊社(いいしゃ)「由緒」』より



■宗良親王 御墓

井伊谷宮

 明治時代に入って間も無く、明治天皇は全国の御陵墓が荒廃著しいことを憂い、その修繕整備をお命じになられました。 それと共に王政復古の象徴として吉野朝(南朝)方を支えた貢献者を祀る神社を創建するよう勅命を下されました。
 これに伴い、後醍醐天皇皇子宗良親王薨去の後、およそ五百年に亘り代々その菩提を弔ってきた井伊家の当主、井伊中将直憲 (彦根藩最後の藩主)が、親王を御祭神とする井伊谷宮の創建と親王御墓の修繕を願い出たところ、井伊家の祖 道政公と親王との 特別な由緒をもって許可され、いずれもほぼ井伊家の負担にてなされました。
 このようにかつて井伊直虎を輩出した井伊家は井伊谷宮とも深い関わりを持っています。

『宗良親王 御墓』説明より


住所 静岡県浜松市北区引佐町井伊谷(いなさまちいいのや)1989
時間 -
休日 -
拝観料 -
駐車場 有
2017年4月現在


Copyright (C) 2008-2021 naemon All Rights Reserved.