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- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年6月13日

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東京都 > 北町奉行所跡 (きたまちぶぎょうしょあと)

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徳川幕府の江戸の奉行所

遠山の金さんこと、遠山金四郎景元が天保の改革時に北町奉行を勤めた場所。

北町奉行所跡

 この地域は、江戸時代には呉服橋門内と呼ばれ、文化3年(1806)から幕末まで北町奉行所が置かれていました。 町奉行は、寺社奉行、勘定奉行とともに徳川幕府の三奉行のひとつで、今の有楽町駅前にあった南町奉行所と、ここ北町奉行所 の2箇所に分かれて交代で町人地の行政・司法・警察の職務を担っていました。名奉行として有名な遠山左衛門尉景元は、 天保11年から14年(1840-1843)まで当所で執務をしていました。

 平成12年からの発掘調査では、北町奉行所の上水道や井戸、屋敷境などの遺構が発見されました。ここに復元した石組みの溝は、 ここから西方約30mの地点で発見された、屋敷北東角の道路との境を巡る下水構の一部です。この遺構は、本来3~4段の石積みで あったものと思われますが、発見された時は最下段を残すのみでした。溝の角石が切り取ってあるのは、邪気が進入する鬼門である 艮(うしとら:丑寅)の方角を防護するための呪術的な意味を示すものとされています。

『北町奉行所跡』説明より

■北町奉行所跡
北町奉行所跡

地図


住所 東京都千代田区丸の内1丁目8-1
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休日
拝観料
駐車場
2016年2月現在


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