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- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年4月11日

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東京都 > 品川一里塚跡 (しながわいちりづかあと)

城と館
東海道
御城印

東海道53次、日本橋から2番目の一里塚

旧東海道の一里塚は江戸日本橋から京都三条大橋まで125里で、慶長9年街道の付属施設として1里ごとに造られた。

品川一里塚跡

一里塚は定かではないが、日本橋から2里の場所が品川宿であり、碑が立っている。

「東海道53次」といわれる江戸から京都間の53の宿の中で、品川宿は諸街道の最初の宿場町である。  旅人は、品川宿を経由して西を目指し、また家路についた事から「東海道の玄関口」として栄え、 宿内の家屋は1600軒、人口7000人規模で賑わっていた。  今でも品川宿周辺は、江戸時代と同じ道幅を保ち、かつての宿場町として、活気が息づいている。

『東海道品川宿』説明より

江戸時代の東海道は、品川宿に入ると海にちかくなり、宿場通りから海岸の方へ行く横町は全て坂になっていました。  昔の海岸線には護岸のための石垣が築かれていました。江戸時代には、ときどき波浪によって この石垣が壊され、宿場にとって修復は大変な負担となりました。

『海岸石垣の名残』説明より

■品川一里塚跡
品川一里塚跡

外観

『東海道品川宿』説明

『海岸石垣の名残』説明

公園内


住所 東京都品川区北品川1丁目30 品海公園入口付近
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年1月現在


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