名右衛門
- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年7月25日

名右衛門
更新情報
歴史志伝
目次
郷土の歴史を学ぶ
北海道
 北海道
東北
 青森県
 秋田県
 岩手県
 山形県
 宮城県
 福島県
関東
 栃木県
 群馬県
 茨城県
 千葉県
 埼玉県
 東京都
 神奈川県
 山梨県
信越
 新潟県
 長野県
北陸
 富山県
 石川県
 福井県
東海
 静岡県
 愛知県
 岐阜県
近畿
 和歌山県
 三重県
 滋賀県
 京都府
 大阪府
 奈良県
 兵庫県
中国
 鳥取県
 岡山県
 島根県
 広島県
 山口県
四国
 香川県
 徳島県
 愛媛県
 高知県
九州
 福岡県
 大分県
 佐賀県
 長崎県
 熊本県
 宮崎県
 鹿児島県
沖縄
 沖縄県
家系図調査 (ID/PASS)
リンク集
歴史志伝
北条早雲情報
管理人 名右衛門とは
・管理人の紹介
メール 勉強中の管理人に
メールを送信する
山梨県 > 甲府城跡(こうふじょうあと)

城と館
御城印

別名、舞鶴城

江戸幕府6代将軍、徳川家宣や、綱吉に仕えた柳沢吉保らの城である。

甲府城跡

 甲斐国は、天正10年(1582)武田家滅亡後は、織田信長・徳川家康(城代 平岩親吉)の時代を経て、 天正18年(1590)豊臣秀吉の支配となり、羽柴秀勝、加藤三泰、浅野長政・幸長親子により治められました。
 甲府城は慶長5年(1600)頃に浅野氏により完成したと考えられます。関ヶ原の戦い後は徳川義直(家康の九男)、 忠長(2代将軍秀忠の三男)、綱重(3代将軍家光の三男)、綱豊(後の6代将軍家宣)ら徳川家一門が城主となり城番・城代制が しかれました。宝永2年(1705)には、徳川家以外の大名として武川衆出身の柳沢吉保・吉里親子が領主となり、この時代に 城下町も大きく発展しました。柳沢氏の大和郡山移封後は、甲府勤番制となり、また、大火にもおそわれ、次第に壮麗な姿は 失われていきました。

『甲府城跡 舞鶴城公園案内図』より抜粋

■甲府城跡
稲荷櫓

舞鶴城公園(甲府城跡)説明

入口

稲荷曲輪門

 

鍛冶曲輪門

 

坂下門跡から本丸を望む

本丸へ

本丸からの外観

 

石垣

 


 

堀と遊亀橋

 

歴史公園(建築中)

本丸より稲荷櫓を望む


住所 山梨県甲府市丸の内1丁目
時間
休日
拝観料
駐車場
2007年2月現在


Copyright (C) 2008-2021 naemon All Rights Reserved.