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- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年4月14日

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山梨県 > 真田源太左衛門尉信綱屋敷跡 (さなだのぶつなやしきあと)

城と館
御城印

勝頼を救った真田兄弟

真田源太左衛門尉信綱。天文6年~天正3年5月21日。

真田源太左衛門尉信綱屋敷跡

 真田幸隆の嫡男で、元亀元年(1570)ごろに父の跡を継ぎ、真田氏の当主となった。信玄の命により、 永禄10年(1567)、父幸隆とともに上野国白井城を攻略し、箕輪城に入って、その増強を行っている。 また同じころ、上野国岩櫃城代となり、上杉謙信の南下に備えた。信玄晩年の合戦には、ほとんど参加しており、 その功績により、元亀3年(1572)には信濃の武士で、唯一、二百騎という最大の兵力を与えられた。この 兵力は、武田勝頼・信豊・穴山信君らに並ぶものであり、信玄の信頼の厚さを窺わせる。天正3年(1575)の 長篠の戦いでは、弟昌輝(まさてる)とともに、勝頼を逃がすために奮戦して戦死した。真田家は兄弟が戦死 したため、武藤家(信玄生母の一族)の養子となっていた昌幸が相続した。

『真田源太左衛門尉信綱屋敷跡』説明より

■真田源太左衛門尉信綱屋敷跡
屋敷跡

真田信綱


住所 山梨県甲府市古府中町
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年3月現在


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