名右衛門
- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年7月25日

名右衛門
更新情報
歴史志伝
目次
郷土の歴史を学ぶ
北海道
 北海道
東北
 青森県
 秋田県
 岩手県
 山形県
 宮城県
 福島県
関東
 栃木県
 群馬県
 茨城県
 千葉県
 埼玉県
 東京都
 神奈川県
 山梨県
信越
 新潟県
 長野県
北陸
 富山県
 石川県
 福井県
東海
 静岡県
 愛知県
 岐阜県
近畿
 和歌山県
 三重県
 滋賀県
 京都府
 大阪府
 奈良県
 兵庫県
中国
 鳥取県
 岡山県
 島根県
 広島県
 山口県
四国
 香川県
 徳島県
 愛媛県
 高知県
九州
 福岡県
 大分県
 佐賀県
 長崎県
 熊本県
 宮崎県
 鹿児島県
沖縄
 沖縄県
家系図調査 (ID/PASS)
リンク集
歴史志伝
北条早雲情報
管理人 名右衛門とは
・管理人の紹介
メール 勉強中の管理人に
メールを送信する
山梨県 > 山県三郎右兵衛尉昌景屋敷跡 (やまがたさぶろうひょうえのじょうまさかげ)

城と館
御城印

武田軍の赤備えを組織した猛将

山県三郎右兵衛尉昌景。?~天正3年5月21日。

山県三郎右兵衛尉昌景屋敷跡

 昌景は、武田家の譜代家老飯富氏の出身で、虎昌の弟。弘治2年(1556)ごろには、武田信玄の側近および奉行として 活躍している。永禄8年(1565)に、兄虎昌が義信事件に連座して処刑されると、信玄の命により、名門山県氏の名跡を継ぎ、 兄虎昌の配下をはじめとする百騎を預かり、譜代家老に連なった。信玄の主要な作戦には、必ず参加を命じられ、川中島の戦いや 関東侵攻、駿河侵攻などで、戦功があり、山県隊は装備を赤で統一していたことから、山県の赤備えと呼ばれたという。元亀2年 (1571)に、駿河江尻城主(静岡市)に就任し、駿河・遠江の領主を指揮下に置き、織田・徳川氏を監視する役割を担った。 長篠の戦いでは、徳川軍と激戦を展開し戦死した。

『山県三郎右兵衛尉昌景屋敷跡』説明より

■山県三郎右兵衛尉昌景屋敷跡
屋敷跡

山県昌景


住所 山梨県甲府市大手2丁目4
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年3月現在


Copyright (C) 2008-2021 naemon All Rights Reserved.