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- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年4月15日

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神奈川県 > 藤沢一里塚 (ふじさわいちりづか)

城と館
東海道
御城印

東海道53次、日本橋から12番目の一里塚

旧東海道の一里塚は江戸日本橋から京都三条大橋まで125里で、慶長9年街道の付属施設として1里ごとに造られた。

藤沢一里塚

 かつて、このあたりの道路の両側に一里塚がありました。一里塚は、主要な街道の一里(約4キロメートル)ごとに江戸幕府が 設けたもので、旅程の目印として利用されていました。崖上の高さまであった江戸時代の東海道を掘削改修しれのが現在の道路で、 一里塚も崖上にありましたが、今は何も残っていません。
 左図(下左図)は、往時の面影を伝える史料の一つです。画面上部の道が東海道、くの字に曲がるところに遊行寺が描かれています。 その右手に「一りずか 榎三」と記され、街道の両側に植木のような描写があります。今の遊行寺坂より遥かに急な坂道で、 その坂の上に遠くからでも分かりやすいように、盛土されて榎が植えられていた様子がうかがえます。急坂の上、榎の木かげで 一休みする旅人の姿が浮かんでくるようです。

『一里塚跡』説明より

■藤沢一里塚
一里塚付近

天保12年(1841)版『東海道分間絵図』

説明


住所 神奈川県藤沢市西富1丁目9
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年2月現在


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