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- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年4月14日

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神奈川県 > 原宿一里塚 (はらじゅくいちりづか)

城と館
東海道
御城印

東海道53次、日本橋から11番目の一里塚

旧東海道の一里塚は江戸日本橋から京都三条大橋まで125里で、慶長9年街道の付属施設として1里ごとに造られた。

原宿一里塚

 一里塚は、慶長9年(1604)2月、江戸幕府が大久保石見守長安を総奉行に任命し、東海道の整備にあたらせたとき 構築したもので、一里(4キロ)ごとに街道の両側に円形の塚を築き、距離をしめした。また、つかの上には榎を植えて 木陰をつくり、旅人の休憩にも便宜をあたえた。
 原宿の一里塚は、起点の江戸日本橋から測って11里目にあたっている。塚の付近に茶店などがあったので、 原宿と呼ばれるようになったという。
 戸塚区内には、品濃・吉田・原宿の3ヵ所にあったが、品濃町のものは道を隔て2基、ほぼ原形のまま当時のすがたを 残しているので、神奈川県の史跡に指定されている。当地原宿にあったものは、明治9年(1876年)10月里程標の境 をたてるとき一里塚は事実上不要となったので取り払われてしまい、現存していないが、一里山の名を残してその位置を しめしているのが現在地である。

『原宿一里塚跡』説明より

■原宿一里塚
一里塚付近

説明



住所 神奈川県横浜市戸塚区原宿2丁目30
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年2月現在


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