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- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2026年10月12日

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神奈川県 > 平塚一里塚(ひらつかいちりづか)

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東海道53次、日本橋から15番目の一里塚

旧東海道の一里塚は江戸日本橋から京都三条大橋まで125里で、慶長9年街道の付属施設として1里ごとに造られた。

平塚一里塚

 慶長9年(1604年)、徳川幕府は東海道など5街道を整備し、江戸日本橋からの距離が分かるように 一里塚を整備しました。一里塚は街道に一里(約4キロメートル)ごとに造られ、築造時の資料によれば、 5問(約9メートル)4方の塚でした。塚の上には、目印として主に榎が植えられました。旅人にとって一里塚は、 旅の進み具合を知らせる目印であるとともに、木陰は休憩場所にもなりました。
 馬入の一里塚は、この付近にありました。江戸日本橋から数えて15番目の一里塚で、旧東海道をはさんで 南北に一つづつの塚がありました。文化3年(1803年)に出版された「東海道分間延絵図」には、 北側の一里塚の前に井戸が、馬入の渡しに向かう東側に川会所や川高札が描かれています。

『東海道 馬入の一里塚』説明より

■平塚一里塚
平塚一里塚

説明




住所神奈川県平塚市馬入本町5
時間-
休日-
拝観料-
駐車場-
2015年04月現在


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