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- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年4月15日

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神奈川県 > 保土ヶ谷宿本陣跡 (ほどがやしゅく ほんじんあと)

城と館
東海道
御城印

東海道 保土ヶ谷宿本陣跡(1601~1870)

江戸時代に幕府が諸大名に参勤交代をさせるため東海道53次の宿場毎に本陣を置いたもの横浜 開港東京遷都の頃までありました。

『保土ヶ谷宿本陣跡』説明より

保土ヶ谷宿本陣跡

 慶長6年(1601年)正月、東海道の伝馬制度を定めた徳川家康より「伝馬朱印状」が 「ほとかや」(保土ヶ谷町)あてに出されたことにより、保土ヶ谷宿が成立しました。
 東海道を往来する幕府の役人や参勤交代の大名は、宿場に設置された本陣に宿泊しました。 保土ヶ谷宿の本陣は、小田原北条氏の家臣苅部豊前守康則(かるべぶぜんのかみやすのり)の 子孫といわれる苅部家が代々つとめています。同家は、問屋・名主を兼ねるなど、保土ヶ谷宿 における最も有力な家で、安政6年(1859年)に横浜が開港する際、当時の当主清兵衛悦甫(せいべええっぽ) が総年寄に任ぜられ、初期の横浜町政に尽くしました。明治3年(1870年)に軽部姓に改称し、現在に至っています。
 本陣が混雑した際、幕府の役人や参勤交代の大名は脇本陣に宿泊しました。保土ヶ谷には藤屋・水屋・大金子屋の3軒の 脇本陣がありました。

『本陣跡』説明より

■保土ヶ谷宿本陣跡
本陣跡

保土ヶ谷宿本陣跡之碑

交差点信号

絵図

復元想像図


住所 神奈川県横浜市保土ケ谷区保土ケ谷町1丁目
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年2月現在


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