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- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年4月14日

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神奈川県 > 風祭一里塚 (かざまつりいちりづか)

城と館
東海道
御城印

東海道53次、日本橋から21番目の一里塚

旧東海道の一里塚は江戸日本橋から京都三条大橋まで125里で、慶長9年街道の付属施設として1里ごとに造られた。

風祭一里塚

 ここは、旧東海道に設置された江戸から21番目の一里塚があった場所である。
 慶長9年(1604)江戸幕府徳川家康は、息子秀忠に命じて、東海道、東山道、北陸道に、江戸日本橋を起点として一里 (36町・約4キロ)ごとに塚を造らせた。塚は男塚、女塚と、街道の左右に対で置かれ、広さは通常5間(約9メートル)四方 であった。塚には榎を植え、旅人の1里ごとの目印とするとともに、夏季における木陰の休憩場所とした。
 風祭の一里塚については、天保年中の相模国風土記稿に「東海道側に双コウあり、高各一丈、塚上に榎樹あり、囲各八九尺、東方 小田原宿、西方湯本茶屋の里コウに続けり」とある。

『風祭一里塚』説明より

■風祭一里塚
一里塚


住所 神奈川県小田原市風祭298
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年5月現在


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