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神奈川県 > 小八幡一里塚 (こやわたいちりづか)

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東海道53次、日本橋から19番目の一里塚

旧東海道の一里塚は江戸日本橋から京都三条大橋まで125里で、慶長9年街道の付属施設として1里ごとに造られた。

小八幡一里塚

 このあたりは、旧東海道に設置された江戸から19番目の一里塚があった場所である。
 慶長9年(1604)江戸幕府将軍徳川家康は、息子秀忠に命じて、東海道、東山道、北陸道に、江戸日本橋を起点として 一里(36町・約4キロ)ごとに塚を造らせた。塚は男塚、女塚と、街道の左右に対で置かれ、広さは通常5間(約9メートル) 四方であった。塚には榎を植え、旅人の1里ごとの目印とするとともに、夏季における木陰の休息場所とした。
 小八幡の一里塚について、天保年中の相模国風土記稿に「東海道中の東にあり、左右相対せり、高二間、舗六七間、塚上に松樹 あり上は小田原宿入口一里塚、下は淘綾郡山西村小名梅沢の一里塚に続けり」とある。

『小八幡一里塚』説明より

■小八幡一里塚
一里塚

旧東海道


住所 神奈川県小田原市小八幡3丁目18
時間-
休日-
拝観料-
駐車場 無
2016年3月現在


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