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- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年6月13日

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神奈川県 > 品濃一里塚 (しなのいちりづか)

城と館
東海道
御城印

東海道53次、日本橋から9番目の一里塚

旧東海道の一里塚は江戸日本橋から京都三条大橋まで125里で、慶長9年街道の付属施設として1里ごとに造られた。

品濃一里塚

 慶長9年(1604)徳川幕府は、五街道を整備し、あわせて宿場を設け、交通の円滑を図りました。
 それと同時に、当時あいまいであった駄賃銭を決めるために、江戸日本橋を起点とした距離が判るように、 明確な里程標が必要となりました。そのため街道の両側には、一里(約4キロメートル)ごとに5間(約9メートル)4方の塚が 造られ、塚の上にはエノキやマツが植られました。これが一里塚です。
 一里塚は、旅人にとって旅の進みぐあいがわかる目印であると同時に、塚の上に植えられた木は、夏には木陰をつくり、 冬には寒風を防いでくれるため、旅人の格好の休憩場所にもなりました。そのため、一里塚やその付近には茶店ができ、立場が 設けられるようになりました。
 ここ品濃の一里塚は、日本橋から9番目の一里塚で、保土ヶ谷宿と戸塚宿の間に 位置しています。旧東海道をはさんでほぼ東西に2つの塚があり、地元では一里山と呼ばれていました。東の塚は平戸村内に 西の塚は品濃村内に位置し、西の塚にはエノキが植えられていたようです。
 このように、今でも道の両側の塚がともにほぼ当時の形で残っている所は、神奈川県内でもこの一里塚だけであり、 昭和41年には県の史跡に指定されました。

『品濃一里塚』説明より

■品濃一里塚
品濃一里塚

西の一里塚

旧東海道(左が西の一里塚)

東の一里塚

説明

絵図
 


住所 神奈川県横浜市戸塚区平戸4丁目16
時間
休日
拝観料
駐車場
2016年2月現在


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