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- 日本郷土の歴史を学ぶサイト - 2021年7月27日

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神奈川県 > 田代城

城と館
東海道
御城印

戦国時代の小田原北条氏の城

内藤秀勝、秀行親子がまもっていた。

田代城(たしろじょう)

田代城は室町時代の山城で、自然の地形をそのまま要害とした武士の居館であった。
築城の年月は不詳。城域は23,300平方メートルほどの広さをもち、南の方を表口としていた。
城主は小田原北条氏の幕下にあった内藤氏で、下野守秀勝とその子三郎兵衛秀行の二代が在城し、 田代・半原・小曽郷(海底)・隅田(角田)・箕輪下村・坂本・五坊(北原)磯部を領地としていた。 永禄十二年(1569)十月、武田信玄小田原攻めのおりに、この城は落城したと伝えられる。
城址には石塁跡と守護の八幡社があり、仕置場、うまやなどの地名を残している。

『田代城址板より』

■田代城
田代城


住所神奈川県愛甲郡愛川町
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2012年8月現在


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