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京都府 > 聚楽第(じゅらくてい)
豊臣秀吉の城
聚楽第は「じゅらくてい」と読みます。「じゅらくだい」というてもかましまへん。
聚楽第はいまから430年余り前に太閤秀吉はんがこの辺りにお建てにならはった建築群で、いまの二条城みたいに濠と石垣で囲まれてたんで外見は
御城みたいどした。中には行幸御殿、天守御殿、その他の屋敷群、茶屋などが建てられ、池と庭園がおました。それはようでけてたらしいどす。
ここ(裏門通り)は聚楽第の西側の濠があった場所どす。ここから250メートル東、いまハローワークやユニクロがあるところ(大宮通り)に東側の
濠がありました。そのハローワークを建てるときに地面を掘ったら聚楽第屋敷の瓦が出てきました。瓦には金箔が貼られていて、いまは国の重要文化財に
なってます。それを記念してハローワークの向かいに「聚楽邸址」の石碑が建ってます。
その石碑(東濠跡)と、いまご覧のこちらの石碑(西濠跡)との間が聚楽第のあった場所やったということになります。
聚楽第は竣工して8年後にある理由で取り壊されてしまいました。当時の記録も余りあらしまへんので、ほんまはどうやったんかよう分かりまへん。
この石碑のおかげでこの辺りに聚楽第があったんやということが分かるだけどす。
『聚楽第』説明より
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